就労移行支援施設すずかぜ

葛飾区 足立区 墨田区 荒川区 台東区 文京区の就労移行支援

めぐみのTOP

(葛飾区 亀有)03-6231-2055

受付時間:平日・土曜 9:00~18:00

活動日誌 (page 1 of 3)

豊かな言葉⑭「だいじょうぶだよ!」

 

つい数日前、久しぶりに本屋さんで立ち読みをしていて偶然シンプルに、

深く感動した詩に出会いましたのでご紹介したいと思います。

 

カソリック協会の神父さんの書いた宗教くさくない、しかし心に沁みる詩です。

何らかの障がいを持っておられる方にも、病気と向き合い副作用と闘っておられる方にも

ぜひ出会ってもらいたいです。

 

「病気になったら」 晴佐久昌英

病気になったら、どんどん泣こう。

痛くて眠れないといって泣き、

手術がこわいといって涙ぐみ、

死にたくないといって、めそめそしてしまう。

恥も外聞もいらない。

いつものやせ我慢やみえっぱりをすて、

かっこわるく涙をこぼそう。

またとないチャンスをもらったのだ。

自分の弱さと、思い上がりを知るチャンスを。

 

病気になったら、思い切り甘えよう。

あれが食べたいといい、

こうしてほしいと頼み、

もう少しそばにいてとお願いしよう。

遠慮も気づかいもいらない。

正直に、わがままに自分をさらけだし、

赤ん坊のように甘えよう。

またとないチャンスをもらったのだ。

人の情けと、まごころに触れるチャンスを。

 

病気になったら、必ず治ると信じよう。

原因が分からずに長引いたとしても、

治療法がなくて悪化したとしても、

現代医学では治らないといわれたとしても、

あきらめずに道をさがし続けよう。

奇跡的に回復した人はいくらでもいる。

できるかぎりのことをして、信じて待とう。

信じて待つ喜びを生きるチャンスを。

 

そしていつか、病気が治っても治らなくても、

みんなみんな、流した涙の分だけ優しくなり、

甘えとわがままを受け入れて自由になり、

感動と感謝によって大きくなり、

友達に囲まれて豊かになり、

信じ続けて強くなり、

自分は大切な命を生きていると知るだろう。

病気になったら、またとないチャンス到来

病のときは恵みのとき。

 

 

病気になると早く治そうと、そのことばかりを考え必死になります。

「痛い」「幸い」なんて言ったらいけないと思い、ぐっと我慢してしまいます。

するともっと辛くなります。

世間では、病気はマイナスばかりと考える人が多いものです。

しかし、病気や障がいが与えられたらそれはチャンスでもあるのですね。

元気だと日々の生活に忙しく、立ち止まって色々なことを深く考える暇もありません。

病気や障がいが人間に深い心や本当の思いやりを育てる機会にもなるのですから。

 

小枝を揺らす風に秋の訪れを感じるようになりました。

先日、小生が非常勤講師をしている大学のキャンパスにそびえ立っているイチョウの下で

銀杏が何個か落ちているのを見掛けました。

自然界は確実にスタンスを秋に変えています。

 

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 豊

 

 

 

 

 

豊かな言葉⑬「ボランティアについて考える」

 

いくら偉そうなことを言っても、

どんなに素晴らしいことを書いても、

もしそこに自分の行動や覚悟が無ければそれは空しいことだ

ということを、一つの出来事を通して強く感じています。

 

それは今年の夏(8月12日)に山口県周防(すおう)大島町で、行方が分からなくなっていた藤本理稀(よしき)ちゃん(2歳)をボランティアで捜索に参加した大分県から来た尾畠春夫さん(78歳)が15日に山中で発見したというニュースを聞いた時でした。

大変失礼な話ですが、どこか他人ごととして聞き流し、思いのどこかで最悪のケースさえ予感していた事故でした。

理稀ちゃんのお母さんや理稀ちゃんが「帰る!」と言った時に一人で帰してしまったおじいちゃんの気持ちを考えると、確かに胸が痛むような気持ちになってしまいましたが、だからと言って自分が何か行動しようという気持ちは起こりませんでしたし、はなっから遠い所で起きた出来事であって自分の体力を考えても自分にできることではありませんでした。

そこに出向いて捜索に加わろうなんて非現実的な話だったのです。

ですからこの事故も結局は私にとって他人事でした。

 

東京から西へ約1,200km。

大分県の自宅で理稀ちゃんがいなくなったことを知った尾畠さんは、翌日もこの記事が新聞に載っていることに居たたまれなくなり、自ら現地に赴いてそこで理稀ちゃんを探そうと決意し、日頃から緊急時に備えて準備してあった衣料品や食料品を軽自動車に積んで現地へと向かったのです。

その後の展開は既に皆さまがご存知の通りですが、私がこの熱い思いに感動したもう一つのエピソードは、大分県津久見市で開局されている「海風ラジオ」という番組の中で取り上げられたもので、それは尾畠さんが以前に東日本大震災の災禍を忘れてはならないと訴えるために、大分から徒歩で福島を往復したというものでした。

これにはびっくりしました。

また、各地の被災地で現在もボランティア活動をして、『ボランティアの神様』と言われるくらいの方なんです。

 

これらを知るに及んで、ますます「私にはできない」という思いになったの事実ですが、一方、私ごとき者でも何かできないものかという気持ちになったのも事実です。

生まれつき、私は出来ない理由を探す癖があります。

考えてみれば、小さい時から何かにつけてそうでした。

改めて

「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」 (為す=行動をとる)

<上杉鷹山(ようざん)・米沢藩の9代藩主>

という言葉の意味をかみしめます。

要は、そこに私の覚悟があるかどうかなのだと気付かされた出来事でした。

それにしても今回、希望の光が消えかかっていた小さな尊い命が助かったいう事実。

これより大きな価値と喜びはありません。

 

インドのカルカッタ(最貧民街)に生涯を捧げ、以前日本カソリック協会の招きで来日したことのあるマザー・テレサに、

ある人が「私もインドでボランティアをしたいがどうしたら良いか」と質問しました。

すると、テレサは

「インドに行って活動することだけがボランティアではありません。

あなたの隣りにいる同胞、差別的扱いを受けている人や障がい者、あなたの助けを必要としている人々があなたのカルカッタになるように生きなさい。」

と答えられたのです。

マザー・テレサだからこその生きた言葉ですね。

 

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 豊

豊かな言葉⑫ 「転機」

連日の異常な暑さにうんざりしておられる方が多いかと思います。

埼玉県熊谷市では7月23日、摂氏41.1度を記録、観測史上日本最高気温になりました。

このような暑さにより、2020年に東京で開催される夏季五輪にもいくらか懸念が持ち上がっています。

 

私は65才で学校を定年退職しましたが、あれから7年目を迎えています。

住まいは横浜でしたので、学校のある練馬区まで車で約1時間半かけて通勤していました。

毎朝6時からのニッポン放送『おはよう中年探偵団』を楽しみに聞きながら学校に向かいました。

リスナーによる作文紹介のコーナーに“ちょっと言わせて私の気持ち”があり、その月のテーマは「私の転機」でした。

その日 紹介された作文は81才の匿名希望さんでした。

 

『半世紀も前の出来事です。

この日の出来事が私の転機となったぐらいですから、今でも年月日、曜日まではっきり

覚えています。

結婚し、2人の子供にも恵まれ、平凡でありながら幸せな生活を送っておりました、。

ーーーそして、その日が来ました。

朝 出掛けにちょっとしたことで家内と喧嘩になり、朝ご飯も食べずにお弁当も受け取らず家を出ました。

重い気持ちで出社し、仕事が始まりました。

モヤモヤした気持ちが晴れないまま午前中の時間が過ぎて行きました。

「⚪⚪さん、ご面会の方がいらしています。」

事務員の方の連絡で “誰だろう?”という思いで面会室に急ぎました。

“あっ!”

私の目に飛び込んできた面会人は、長女の手を引き、まだ赤ん坊だった長男を背負った家内の姿でした。

「お弁当 持って参りました。」

寒い冬の朝、電車とバスを乗り継ぎ、1時間半もかかる道程を子供二人を連れ、怒って家を出た私のためにわざわざお弁当を届けに来てくれたのです。

家内に手を引かれた娘も、初めて見る私の作業着姿にキョトンとしていましたが、父親であることがわかるとすぐ“ニコリ”と笑いかけてきました。

3人の後ろ姿を見送りながら、

“この日の出来事を決して無駄にすまい”と心に誓ったものでした。

まさしく、私の転機でした。

その日から50年、我々老夫婦も年をとりましたが、2人の子供たちもそれぞれ明るい家庭を 持ち、毎日幸せに過ごしております。』

 

ジ~~~ン!

運転しながら目が霞んできてしまいました。

心温まるお話だと思いませんか?

進行役のパーソナリティーの方も「実にいいお話でしたね。」とコメントしておりました。

 

耳に残っている記憶で、しかも6年以上前ですので正確な内容かどうかちょっと?ですが、匿名希望さんが伝えたかったことは、捉えていると思います。

 

障がい者の方々と接する機会を与えて頂いている中で、時々思うに任せない問題が立ちはだかり、無力感に押し潰されそうになる事もあります。

しかし、前記の人生の先輩のように、私もその都度“これを転機にして”純粋で偏見を持たずに通ってくる利用者のために更に良い指導・支援ができるように成長していこうという思いで研鑽を続ける毎日です。

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

豊かな言葉⑪「西日本災害に思う」

日本列島は連日 酷暑が続き、毎日のように熱中症で病院に搬送される人が後を断ちません。

また、先の集中豪雨は家屋や田畑への甚大な浸水被害、土石流や河川の氾濫による平成最大の人的被害を引き起こし、今なお五千人前後の方々が避難所での生活を余儀なくされている状態です。

 

先日、新聞の投稿欄にこんな記事がありました。

「人には瓦礫の山に見え、泥まみれになっていても、被災者には家族の喜怒哀楽がつまっています」

早急な復興を願い、亡くなられた方々のご冥福を心より祈るものです。

 

そんな中、テレビ放映で流れていた被災者の方々のインタビューの言葉に光を見る事もありました。

“自然災害じゃけん。起きてしまった事は仕方ないけー、前を向いて歩かにゃー。”

と、広島弁での受け答えに複雑な思いになりました。

 

「過去にこだわり、自分だけがどうしてこんな目に遭わなければならないのかと嘆くことをやめ、前向きに生きて行きなさい。

そうすれば、どんなに辛く苦しくとも希望と勇気がわいてきます。」

 

耳が聞こえない、口が利けない、目が見えないという三重苦であったヘレン・ケラー女史の言葉です。

 

病や障がい、家族の問題や仕事上のトラブルや迷いなど、人生の途上には様々な重荷があります。

思い通りに行かない現実の中で、

「どうして私ばかりがこんな目に 」

と嘆くことが少なくありません。

ヘレン・ケラーはこう続けます。

「あなたの顔を日光に向けよ。

そうすれば、あなたは影を見ることが出来なくなる。」

と。

三重苦という重い障がいを抱えて生き、多くの人々に光を与え続けた女史の言葉には重みがあります。

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

豊かな言葉⑩ 「時間という命」

「人間は、自分が死ぬということを知っている生きものである」(ハイデガー、哲学者)

 

私は長年教育現場で働いてきました。

そして、今は【就労移行支援施設すずかぜ】で、障がい(知的、精神的、軽度の身体的)と向き合って将来を切り開こうとしている若者たちと過ごしています。

私は、よく若者たちにこう問いかけます。

 

「命はどこにあると思う?」

 

そうすると、“心臓”の辺りを指したり、“脳みそ”と答えたりします。

 

「心臓は身体を動かすために働いているポンプのようなものに過ぎないよ。

脳みそは身体に指令を出す所なんだよ。

そして、命というのは、人間が“使える時間”の中にあるんだよ。」

と伝えています。

生と死は切り離すことのできない一続きのもの、いや 同じものと言っていいと思います。

そして、地上での時間が終わった時、生きてきた時間のうち人のために使った時間が多いか、自分だけのために使った時間が多いかをはかって、人のために使ったほうが多かった人がより幸せになるんだよ!

と教えています。

 

私たちは死ぬことから逃れられないし、逃れなくてもいい。

死だけを凝視するのではなく、目を背けるのでもなく、ただただ今 生きている自分の命を輝かせていくこと。

そして、生と死に挟まれた部分が、目には見えないけれども確かに存在する”命“、”エネルギー“です。

 

私は語り続けます。

君たちが何らかの形で一人立ちしたら、その時こそ、まわりの誰かのために君の時間を使いなさい。

そして、この世で1番の幸せ者になろうね!と。

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

豊かな言葉⑨ 「花を咲かせる心」

June bride(ジューンブライド)

電車の吊り広告で女性向けの週刊誌のキャッチコピーとして使われることが多いので、知っている方もおられるかと思います。

日本では、6月は蒸し暑い梅雨の時期にあたりますので良いイメージはありませんが、ヨーロッパでは花の種類が多いこの時期に結婚式を挙げるカップルが多いようです。

 

アメリカ留学中、私は英語で苦労していました。

何もかも投げ捨てて日本に帰ろうかと思う日が続き、担当の教授に相談に行きました。

帰り際に、先生は私に短い詩をくださいました。

その詩の冒頭の一行、それが

「置かれたところで咲きなさい」

という言葉でした。

夢を持って私がアメリカに渡った頃は日本人留学生の数も現在のように多くありませんでした。

想定外の日々の生活の数々、特に言葉の壁に四苦八苦している私を見るに見かねてくださったのでしょう。

いただいた詩は、続けてこう書かれていました。

「それは、自分が笑顔で生き、周囲の人々も幸せにすることによって自分がここに植えられたことに間違いはなかったと証明することなのです」

と。

 

私は変わりました。

担当教授との面談で勉強が急に楽になったわけではありませんが、苦しくても頑張ろうという気持ちになったのです。

苦しくて放り出しそうになった時、勇気を出して積極的に担当教授やクラスメートに近づいて教えてもらうように努めました。

“置かれたところ”は、人それぞれ違います。

不利な境遇であったり、体の障がいであったり、精神の障がいであったり、“役立たず”と思われ片隅に追いやられることさえあるかもしれません。

しかし、どんなところに置かれても咲く心を持ち続けたいものです。

その時、道が開けてくる。

その度に、私たちの人生に“花を咲かせる心”が育つような気がします。

*追記

「置かれたところで咲きなさい」という詩はとても有名な詩で、私と同じような体験をされた方が本を出されていますのでご紹介したいと思います。

「置かれた場所で咲きなさい」 著:渡辺和子 幻冬舎

 

 

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

豊かな言葉⑧ 「マインドフルネス エクササイズ」

私たちは騒音や雑多な情報・活動で満たされている洪水の中で生活しています。

朝 目覚めるとすぐ洗面をします。

食事をしながらテレビのニュースを見、着替えながら歯を磨き、車の中ではラジオの交通情報を聞き、その後 職場で幾多の仕事をこなさなければなりません。

一日が終わって家に帰れば、スマホでゲームをしたり、テレビで好きなスポーツ番組やバラエティー番組などを見ながら夜を過ごして、日付が変わる頃 床につく生活をしている人が少なくありません。

 

フランスの哲学者のブレーズ・パスカルは、

「すべての不幸は、部屋にひとりで静かに座っていられないことに由来している。」

と書いています。

パスカルの言うとおりです。

たとい短い間でも、日々の生活の中で沈黙することの大切さを見失っていることが原因で、人生の宝を見失っている人々が多いのです。

一定の時間、ひとつの事に集中していられなければ、目標を達成したり、夢を実現したり、人生のプロセスを楽しんだりできない場合が多いばかりか、

些細な考えや心配ごとに悩まされない余裕も生まれません。

 

マインドフルネス エクササイズ(瞑想~めいそう~)を継続することで、しばらくすると人生が変わり始めます。

瞑想は、山の中で座禅を組んでいる修行僧が行うようなものとは違います。

1日20分程度の瞑想

《椅子に座り、目を閉じて、静かにひたすら自分の鼻を出入りする息に意識を集中させるエクササイズ》

で得られた心の安らぎと落ち着きは、1日の1分1分にじっくりとしみ込みます。

人間関係でもっと忍耐強くなり、職場ではもっと穏やかになり、集中力がつくので仕事の成果も上がります。

 

「NPO法人めぐみの」の中の就労移行施設やB型施設では、今 若い人たちの注目を集めているマンイドフルネスを、毎朝の始めと午後 帰途につく前に15~20分程度行って成果を上げています。

この心の訓練のパワーを見逃す手はありません。

 

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

豊かな言葉⑦ 「反面教師(?)」

私が住んでいる町の小さな教会の掲示板には、教会らしからぬ(?)投稿が張り出される事があり、道行く人々が足を止めて読んでいる姿をよく見かけます。

先日、こんな文がありましたのでご紹介します。

「道徳の授業が必要なのは

教室より霞ヶ関です。

嘘つき、改ざん、罵詈雑言(ばりぞうごん)

大人が子供に学びましょう。」

思わず、その通り!と思ってしまいました。

道徳が今年から他の科目と同じように、5段階で評価されるようです。

道徳心は心の問題です。

一体どうやって子供たちの心の動きを評価するのでしょうか。

これらは、文科省の肝入りで進めてきたカリキュラムです。

文科省は今、森友・加計問題で揺れています。

学校現場の先生方はどう子供たちに教えるのでしょうか?

「文科省のおじさんたちのような嘘はいけません。

仕事を辞めさせられます。」

と教えるのでしょうか?

きっと頭を抱えているでしょう。

 

私にも三人の息子がいますが、一人前の人間に育てることは本当に大変な事業です。

ちなみに、文科省の道徳の副教本にこんなことが書いてありました。

「子供は言葉で教えた通りには育ちません。

大人の後ろ姿を見て、その通りに成長します。」

 

“反面教師”という言葉があります。

願わくは子供たちが世の中の様々な矛盾に負けることなく、

まっとうに、強く正しく成長することを祈るのみです。

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

 

 

 

豊かな言葉⑥ 「どんなストーリーを描きますか?」

福祉の働きは相手を「信じる」ことから始まると聞いたことがあります。

理不尽さを感じることがあっても、私たちが福祉を続ける理由はそこに意味があるからです。

 

ご覧になられた方もいらっしゃると思いますが、3月5日の報道ステーションで、

パラスノーボーダーの成田緑夢(ぐりむ)さんが出演されていました。

緑夢さんの考え方や生き方について松岡修造さんが次のようにコメントしておられました。

 

「パラリンピックには色々な人生のストーリーを背負った選手が参加します。

勝ち負けの人生から勇気をもらうのではなく、

その人生のストーリーから夢や希望をもらうことができれば

どんなに素晴らしいことでしょう。」

 

とても感動しました。

 

どんな人もそれぞれのストーリーを歩んでいて、

他の誰も”わたし(その人)の人生”の主人公にはなれない。

“わたし”以外の人はすべて脇役。

主人公である”わたし”がどう生きるのかをそれぞれの人生で問われている。

現実にどう向き合い、取り組んでいくかが大切で、

そんな”わたし”の姿が他の誰かに勇気を与えることができるなら、

これほど素晴らしいことはない。

 

と言っているように思いました。

わたし達一人ひとりに背負わされている境遇(人生)に、

「なぜ?」「どうして?」と問うのではなく、

人生がわたし達に「あなたはどうするのか?」と問いかけてくるのですね。

 

様々な人生のストーリーが交わる交差点で、

笑顔や勇気が生まれるために障がい者の施設が存在するのだとしたら、

障がい者支援の現場で働く者たちは、笑顔や勇気が生まれるために働いているのです。

まさに「すずかぜ」いえ「めぐみの」はそんな場所だと思っています。

 

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

 

 

 

 

 

マインドフルネス体験談

今日はマインドフルネスを体験した利用者さんの声をお届けします❗

 

私たち人間は、普段「靴」と言う物を履いて生活しています。

人によって履く靴は、用途によってさまざまなちがいがあります。

又、同じ用途でもメーカーによってちがいがあります。

履き心地も違います。

私は、マインドフルネス瞑想をやっていますが、その時に先生に 靴を履いた瞑想をやって見ればどうか と言われました。

一歩一歩歩くごとに足に伝わる触覚が違います。

道のどこを歩くかによっても違ってきます。

つまりマインドフルネスとは、何か一つの事に集中しつづけることに より鋭い集中力と忍耐力を養うことができます。

だから私は幸せです。

 

*こちらは、利用者さん自ら体験談を書いてくれました。

利用者さん了承のもと、原文のまま掲載します。

文中にあります「先生」は、当施設の施設長・講師の大城先生のことです。

 

Older posts