就労移行支援施設すずかぜ

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(葛飾区 亀有)03-6231-2055

受付時間:平日・土曜 9:00~18:00

活動日誌 (page 2 of 5)

豊かな言葉⑱「ほほえみの価値」

2018年が終り、2019年がスタートしました。

昨年の出来事を一文字で表す漢字が「災」でしたが、

果たして今年はどんな一文字で表される年になるでしょうか?

 

今回は、カソリックの神父ファーベルの書いた詩を紹介します。

 

ほほえみの価値

ほほえむことは

お金のかかることではない

でも 人の心はしあわせになる

ほほえみを受ける相手を豊かにしながら

ほほえむ本人は何も失わない

ほほえみは一瞬のうちに消え去るが

記憶にはいつまでも残る

お金があるから ほほえみはいらないということはない

お金がないから ほほえむことができないということもない

 

ほほえみは家庭に平和をもたらし

仕事の支え 友情のしるしとなる

疲れた人に休息を与え

失望している人を勇気づけ

悲しむ人を自然にいやす

ほほえみは買うことも貸すことも

盗むこともできない宝物

 

あなたが期待したほほえみが得られないなら

不愉快になるかわりに あなたの方から

ほほえみかけてみるがよい

ほほえみかけることを知らない人ほど

ほほえみを必要としている人はいないのだから

 

「ほほえみ」

笑顔をってすごく力を持っているんだよなって、改めて感じさせてくれた言葉です。

自分が落ち込んだり、腹が立ったりした時、自分の顔を鏡に写し、

作り笑顔をすることは、精神的にとても良いことだと聞いたことがあります。

 

「smile」っていい言葉だな、すべてに勝る宝物だなと思います。

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

 

 

新年明けましておめでとうございます

2019年

今年は平成最後のお正月となりました。

1月4日の初日を利用者さんたちの元気な姿で迎える事ができましたこと、とても嬉しく感じております。

本年も、すずかぜの皆さんが毎日楽しい日々を過ごせますようスタッフ一同 指導・支援をして参ります。

本年もよろしくお願い申し上げます。

 

Merry X’mas☆

今年は12月25日が平日でしたので、利用者の皆さんとクリスマス会を催しました。

普段自分一人ではなかなか買うことのないデコレーションのケーキを囲んでの談笑の後、

伝言ゲームやビンゴゲームで盛り上がりました♪

X'masケーキ

豊かな言葉⑰「人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)」

就労移行支援施設すずかぜでは、日々のプログラム終了後に一日の反省を一人一人述べていますが、

最近「自分の良いところ」を入れてみたらどうかと提案がありました。

それ以降、利用者さんの発言は明るい雰囲気に変わりました。

前向きな発言は当然ながら、作業の能率も上がり、様々な面に反映されています。

こんなにも場を変えるとはと思うくらいです。

 

俳優の船越英一郎さんの話です。

彼は2時間ドラマの帝王と呼ばれているそうです。

船越さんは

「俳優が僕の職業。自分とは違う人生を生きるのが僕らの仕事」

だと語ります。

一方、ドラマではなく自分を出す番組では、

「船越英一郎という生き様をご覧頂いている」

と自然体であることを心がけていると言います。

元妻との離婚において多くを語らない船越さんでしたが、

「乗り越えたら必ず前の自分より強い自分がいる。

強い自分を手に入れるということは、優しい自分にもなる」

と素敵な言葉を添えています。

その船越さんの座右の銘の一つに

「悪くても感謝」

があるといいます。

これは、お母様から心にすり込まれた言葉だそうです。

人生、感謝どころか悲観的なことが多くあるかに見える。

その中で感謝するって難しいことです。

ですが、悲観的なことの中にも自分を成長させてくれる何かがあるならば、

感謝なことかもしれません。

 

中国の故事の中に

「人生万事塞翁が馬(じんせい ばんじ さいおうがうま)」

という話があります。

 

ある所に一人の老人が一頭の馬を飼っていた。

ところがある日、その馬がどこかに逃げて行ってしまった。

人々が気の毒がると、老人は

「そのうち福が来る」

と言った。

やがて、その逃げてしまった馬は駿馬を連れて戻ってきたと言う。

すると、その駿馬に乗った老人の息子は落馬して足の骨を折った。

人々がそれを見舞うと、老人は

「これが幸福の基となるだろう」

と言った。

一年後、隣国が攻めてきて兵役を免れたため戦死しないで済んだという。

 

良いことに有頂天にならず、悪いことに失望せず、人生の裏表を冷静に見つめる。

そんな生き方に良い人生の道があることを覚えたい。

 

平成30年の世相を表わす一文字に【災】が決まったようです。

確かに、北は北海道から南は九州まで豪雨災害や土砂災害、地震による災害が多発しました。

今なお、何万人という方々が避難所や仮設住宅で暮らしています。

 

来年こそ福が来ることを信じて、恐れ惑うのでなく、冷静さの目を持って、

よし!と受けて立ちたいものです。

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

 

 

 

 

 

 

 

X’masの飾りつけをしました☆ミ

利用者さんの協力を得て、すずかぜの看板にイルミネーションが

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着きました❗

ゴールド色から

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様々な色に変わって、夜を楽しくしています❗

(少し明るさが足りないと思われるかもしれませんが、実際はかなり明るいんですよ(^^;))

利用者さんを出迎える扉も、皆さんと飾りつけをしました(^-^)/

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作業訓練のひとつです(^^)d

作業訓練(就労移行支援)と工賃作業(B型)として

可愛いキューピー人形作成をしています❗

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出来上がりはとっても可愛いのですが、小さな作業に悪戦苦闘(>_<)

でも、日に日に腕を上げている利用者さんたちです(^-^)v

豊かな言葉⑯「もう一人のボランティア」

今年も日本列島では災害が多発し、多くの人命や財産が失われました。

特に広島県、岡山県(真備町)、愛媛県、北海道などの災害は甚大でした。

多くは土砂災害、水害でしたが、北海道では地震に伴う山崩れ(36名が犠牲になった)や

電力が不足し(ブラックアウト)日常生活に大きな影響(全道で約一週間程度の全面停電)を与えました。

その都度、何千人(延べ人数)といったボランティアが被災地に入り、

人命救助や地域の復興にあたりました。

本当に自己犠牲の伴う立派な行為でした。

ボランティアという言葉が日本で知られ始めたのが、

阪神淡路大震災の頃からだと言われていますが、

今ではボランティアという言葉を知らない人はほとんどいません。

 

先日私の帰宅途中、混雑する通勤客に混じって階段を降りていた時に、

一人のご婦人が階段で足を滑らせ転げ落ちる瞬間に遭遇しました。

その日はあいにく午後から雨になり、足元が悪い中のできごとでした。

私の頭の中では、なんとか助けねば・・ととっさに思いましたが、体が全く反応できません。

と、その時 私と被害女性との中間付近を歩いて降りていた中年女性が、一瞬方向を変え、

まさに階段を滑り落ちて来る女性を四つんばいになって受け止めました。

階段を降りていた乗客の中から静かなどよめきが起きたのです。

被害女性の持ち物はトートバッグの中から階段の下まで散乱しこぼれ落ち、

靴や雨傘も階段のあちこちに落ちていました。

何人かの女性たちが散乱した持ち物を拾い集め、

靴も持って来て履かせてあげていました。

何とかその女性の失態を目立たせないようにしている配慮と、

階段の途中で体を張り、受け止めた女性には誰もが心の中で拍手を送ったことでしょう。

 

私は自分が何も出来なかった不甲斐なさを恥じながら、駅のホームに立ち、

先ほどの光景を思い浮かべていました。

今まで、ボランティアをする人たちは特別な人たちと思っていたことを戒め、

ボランティア活動は私たちの周りにある日常にもたくさんあるのだと改めて思いました。

 

大学生の中には、単位習得のためであったり、

就職活動にも有利に働くとの理由でボランティアをする者もいるとのこと・・・

しかし、いずれにしてもそれはそれで人生に役立つことでしょう。

今回、意図して学んだ訳ではなかったけれども、不意に起こった出来事の中で気付かされたことでした。

目立たないけど、もう一人のボランティアがいることを・・・

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

 

豊かな言葉⑮「悲しさこそが美しい」

日本が高度成長期を迎えようとしていた近年まで、出産時の酸欠状態が原因で何らかの障がいを負って生まれて来る赤ちゃんが少なくありませんでした。

そして、その一人が 土屋康文君 でした。

 

康文君が通う養護学校の担任であった 向野幾世先生 は、康文君の中に「健常者と呼ばれている人が、見えない、感じる事のできないものを持っている」と感じ、

康文君に詩を書かせてみるようにお母さんに勧めました。

そしていくつかの詩を発表しました。

何年か前のこと、私はあるほんの中で、強烈な印象を与える詩との出会いを経験しました。

今なお心の中に行き続けている感動とともに、私の心に焼き付いて離れません。

それは、重度の脳性マヒで、しかも短い15年の生涯を送った土屋康文君とお母さんの詩でした。

私たちが文章を書くのとは違い、身体の自由が利かない康文君が言葉を選ぶにも、その言葉を構成している字を五十音図の中から一つ一つウィンクのサインを出しながら、

字の書ける人に示していきます。

こうして出来たのが、次の詩でした。

 

<お母さん、ぼくが生まれてきてごめんなさい>

ごめんなさいね おかあさん

ごめんなさいね おかあさん

ぼくが生まれて ごめんなさい

ぼくを背負う かあさんの

細いうなじに ぼくはいう

 

ぼくさえ生まれなかったら かあさんのしらがもなかったろうね

大きくなった このぼくを背負って歩く悲しさも、「かたわの子だね」とふりかえるつめたい視線にも泣くことも

ぼくさえ生まれなったたら かあさんのしらがもなかったろうね

大きくなった このぼくを背負って歩くかなしさも

「かたわの子だね」とふりかえるつめたい視線に泣くことも

ぼくさえ生まれなかったら

この母を思いやる切ないまでの美しい心に対して、母親の信子さんも詩を作りました。

 

わたしの息子よ ゆるしてね

わたしの息子よ ゆるしてね

このかあさんを ゆるしておくれ

お前が脳性マヒと知ったとき

ああ ごめんなさいと泣きました

いつまでたっても歩けないお前を背負って歩くとき

肩にくいこむ重さより「歩きたかろうね」と母心

”重くはない”と聞いているあなたの心がせつなくて

 

わたしの息子よ ありがとう

ありがとう 息子よ

あなたのすがたを見守って お母さんは生きていく

悲しいまでのがんばりと

人をいたわるほほえみのその笑顔で生きている

脳性マヒのわが息子

そこにあなたがいるかぎり

 

このお母さんの心を受け止めるようにして、康文君は、先に作った詩に続く詩を作りました。

 

ありがとう おかあさん

ありがとう おかあさん

おかあさんがいるかぎり ぼくは生きていくのです

脳性マヒを生きていく

やさしさこそが大切で

悲しさこそが美しい

そんな人の生き方を教えてくれたおかあさん

おかあさん あなたがそこにいるかぎり

 

出生時に、康文君はあまりに重たい障がいを負わされた命でした。

親子でそんな人生と向かい合わざるを得なかった中から、脳性マヒを知った時、この先どうしようと考え絶望的になっても不思議ではありません。

しかし、この母親は違いました。

”ありがとう 息子よ

あなたのすがたを見守ってお母さんは生きていく

脳性マヒのわが息子 そこにあなたがいるかぎり”

と言って、康文君を覚悟をもって正面から受け止めています。

お母さんの並々ならぬ”受け止め方”はどんなにか康文君を安堵させた事でしょう。

それに応えて康文君は続けます。

”ありがとう おかあさん

おかあさんがいるかぎり ぼくは生きていくのです

脳性マヒで生きていく”

と返しています。

お母さんの覚悟で、康文君も自分の障がいをしっかり受け止めている事を詩の中に読み取ることができます。

更に、

“やさしさこそが大切で

悲しさこそが美しい

そんな人の生き方を教えてくれたおかあさん”

と続けています。

 

「悲しさこそが美しい」という感性は、様々な深い経験をした大人でもなかなか出てこない言葉です。

川端康成は「美しさと哀しみと」の著作の中で

「悲しいを美しいと思う感覚で捉えうる人はあまりいない」

と書いています。

 

あなたの家庭はどんな人間関係でしょうか?

包み込む愛で満ちているでしょうか?

障がい者福祉の働きは、真に悲しさと美しさが交差する深いい場所のような気がします。

そんな場所に身を置くことの幸せを日々感じています。

 

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊かな言葉⑭「だいじょうぶだよ!」

 

つい数日前、久しぶりに本屋さんで立ち読みをしていて偶然シンプルに、

深く感動した詩に出会いましたのでご紹介したいと思います。

 

カソリック協会の神父さんの書いた宗教くさくない、しかし心に沁みる詩です。

何らかの障がいを持っておられる方にも、病気と向き合い副作用と闘っておられる方にも

ぜひ出会ってもらいたいです。

 

「病気になったら」 晴佐久昌英

病気になったら、どんどん泣こう。

痛くて眠れないといって泣き、

手術がこわいといって涙ぐみ、

死にたくないといって、めそめそしてしまう。

恥も外聞もいらない。

いつものやせ我慢やみえっぱりをすて、

かっこわるく涙をこぼそう。

またとないチャンスをもらったのだ。

自分の弱さと、思い上がりを知るチャンスを。

 

病気になったら、思い切り甘えよう。

あれが食べたいといい、

こうしてほしいと頼み、

もう少しそばにいてとお願いしよう。

遠慮も気づかいもいらない。

正直に、わがままに自分をさらけだし、

赤ん坊のように甘えよう。

またとないチャンスをもらったのだ。

人の情けと、まごころに触れるチャンスを。

 

病気になったら、必ず治ると信じよう。

原因が分からずに長引いたとしても、

治療法がなくて悪化したとしても、

現代医学では治らないといわれたとしても、

あきらめずに道をさがし続けよう。

奇跡的に回復した人はいくらでもいる。

できるかぎりのことをして、信じて待とう。

信じて待つ喜びを生きるチャンスを。

 

そしていつか、病気が治っても治らなくても、

みんなみんな、流した涙の分だけ優しくなり、

甘えとわがままを受け入れて自由になり、

感動と感謝によって大きくなり、

友達に囲まれて豊かになり、

信じ続けて強くなり、

自分は大切な命を生きていると知るだろう。

病気になったら、またとないチャンス到来

病のときは恵みのとき。

 

 

病気になると早く治そうと、そのことばかりを考え必死になります。

「痛い」「幸い」なんて言ったらいけないと思い、ぐっと我慢してしまいます。

するともっと辛くなります。

世間では、病気はマイナスばかりと考える人が多いものです。

しかし、病気や障がいが与えられたらそれはチャンスでもあるのですね。

元気だと日々の生活に忙しく、立ち止まって色々なことを深く考える暇もありません。

病気や障がいが人間に深い心や本当の思いやりを育てる機会にもなるのですから。

 

小枝を揺らす風に秋の訪れを感じるようになりました。

先日、小生が非常勤講師をしている大学のキャンパスにそびえ立っているイチョウの下で

銀杏が何個か落ちているのを見掛けました。

自然界は確実にスタンスを秋に変えています。

 

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 豊

 

 

 

 

 

豊かな言葉⑬「ボランティアについて考える」

 

いくら偉そうなことを言っても、

どんなに素晴らしいことを書いても、

もしそこに自分の行動や覚悟が無ければそれは空しいことだ

ということを、一つの出来事を通して強く感じています。

 

それは今年の夏(8月12日)に山口県周防(すおう)大島町で、行方が分からなくなっていた藤本理稀(よしき)ちゃん(2歳)をボランティアで捜索に参加した大分県から来た尾畠春夫さん(78歳)が15日に山中で発見したというニュースを聞いた時でした。

大変失礼な話ですが、どこか他人ごととして聞き流し、思いのどこかで最悪のケースさえ予感していた事故でした。

理稀ちゃんのお母さんや理稀ちゃんが「帰る!」と言った時に一人で帰してしまったおじいちゃんの気持ちを考えると、確かに胸が痛むような気持ちになってしまいましたが、だからと言って自分が何か行動しようという気持ちは起こりませんでしたし、はなっから遠い所で起きた出来事であって自分の体力を考えても自分にできることではありませんでした。

そこに出向いて捜索に加わろうなんて非現実的な話だったのです。

ですからこの事故も結局は私にとって他人事でした。

 

東京から西へ約1,200km。

大分県の自宅で理稀ちゃんがいなくなったことを知った尾畠さんは、翌日もこの記事が新聞に載っていることに居たたまれなくなり、自ら現地に赴いてそこで理稀ちゃんを探そうと決意し、日頃から緊急時に備えて準備してあった衣料品や食料品を軽自動車に積んで現地へと向かったのです。

その後の展開は既に皆さまがご存知の通りですが、私がこの熱い思いに感動したもう一つのエピソードは、大分県津久見市で開局されている「海風ラジオ」という番組の中で取り上げられたもので、それは尾畠さんが以前に東日本大震災の災禍を忘れてはならないと訴えるために、大分から徒歩で福島を往復したというものでした。

これにはびっくりしました。

また、各地の被災地で現在もボランティア活動をして、『ボランティアの神様』と言われるくらいの方なんです。

 

これらを知るに及んで、ますます「私にはできない」という思いになったの事実ですが、一方、私ごとき者でも何かできないものかという気持ちになったのも事実です。

生まれつき、私は出来ない理由を探す癖があります。

考えてみれば、小さい時から何かにつけてそうでした。

改めて

「為せば成る 為さねば成らぬ何事も 成らぬは人の為さぬなりけり」 (為す=行動をとる)

<上杉鷹山(ようざん)・米沢藩の9代藩主>

という言葉の意味をかみしめます。

要は、そこに私の覚悟があるかどうかなのだと気付かされた出来事でした。

それにしても今回、希望の光が消えかかっていた小さな尊い命が助かったいう事実。

これより大きな価値と喜びはありません。

 

インドのカルカッタ(最貧民街)に生涯を捧げ、以前日本カソリック協会の招きで来日したことのあるマザー・テレサに、

ある人が「私もインドでボランティアをしたいがどうしたら良いか」と質問しました。

すると、テレサは

「インドに行って活動することだけがボランティアではありません。

あなたの隣りにいる同胞、差別的扱いを受けている人や障がい者、あなたの助けを必要としている人々があなたのカルカッタになるように生きなさい。」

と答えられたのです。

マザー・テレサだからこその生きた言葉ですね。

 

就労移行支援施設すずかぜ

施設長・講師 大城 豊

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